グローバルSEOツールのリーディングカンパニーAhrefsのエンジニア、アレックス氏に聞く
世界3番目の市場である日本でも急成長を続けるAhrefs。同社のエンジニアが考えるAI時代のプログラミング学習法、エンジニア像、そして世界34位のスーパーコンピューターを保有する技術的競争優位性について、開発の最前線から貴重な話を伺った。
目次
- データの信頼性こそがAhrefsの最大の武器
- リモートファーストで世界をつなぐ開発体制
- 次世代検索エンジン「YEP」の開発最前線
- 高校時代から始まったコンピューターへの情熱
- AI時代の学習法「ボトムアップアプローチ」の重要性
- エンジニアの基本姿勢とは「常に新しいことにチャレンジする」
- AI時代のエンジニア像:専門性の深化が鍵
- AIの民主化とセキュリティリスクの警鐘
- 複雑なデータ基盤が「SaaS is Dead」論を覆す
- 世界34位のスーパーコンピューター「Yep1」が支える技術的優位性
- YEPプラットフォームは検索の未来を変える
- 日本市場への期待とAhrefsアカデミー日本語版
- 国内外SEOマーケットの違いと今後の展望
- 日本のユーザーコミュニティへの感謝
スピーカー

バックエンドソフトウェアエンジニア

Ahrefs Japan
マーケティング統括
データの信頼性こそがAhrefsの最大の武器

ーまず、Ahrefsの強みについて教えてください。数多くのSEOツールがある中で、どこに競争優位性があるとお考えでしょうか。
ブクロ・アレクサンドル 氏(以下、ALEX):我々の強みはデータソースです。我々のクローラーは他のSEOツールのクローラーよりもアクティブで、そのため我々のデータはより最新で信頼性が高いものになります。顧客にとってのアナリティクスもより信頼性が高くなります。それがAhrefsが持っている主な強みだと思います。
河原田 隆徳 氏(以下、TAKA):SEOやマーケティングに悩んでいるユーザー様に使っていただけると思います。我々のデータは1時間、1日の中で非常にアクティブなクローラーで情報を収集しているため、世界レベルでもSEOやマーケティング分野では優秀なツールです。 特にキーワードリサーチ、競合分析、バックリンク分析、コンテンツマーケティングに必要なリサーチが可能です。最近ではAI Overviewsが話題になっているように、これからはSEO以外の領域も含めて、マーケティング全般のソリューションを提供していけると考えています。
リモートファーストで世界をつなぐ開発体制
ーAhrefsは世界各地にチームメンバーがいらっしゃいますが、開発体制はどのように設計されているのでしょうか。
Alex:コミュニケーションはSlackで行います。何かの仕事やプロジェクトを作っていく時には、それを投稿して人々が反応します。2つ目は、会議をできるだけ少なくするようにしています。時間と距離が違うため、毎日会議をすることは大変です。多くのエンジニアは週に1〜2回の会議のみです。
Taka:Ahrefsは2010年の創業以来、一貫してリモートワーク体制を取っています。Slack内で新機能アップデート、ユーザーからの機能リクエスト、新しいプロジェクトの議論など全てのコミュニケーションが行われています。世界各国にリモート社員がいて時差があることもありミーティングを極力少なくしています。だからこそ各個人が自分のタスクやプロジェクトに責任を持って対応し、効率的な働き方を実現しています。
CEOのディミトリやCMOのティムも開発エンジニアやマーケターと同じSlackに参加して議論するなど、非常にフラットな企業文化があります。
次世代検索エンジン「YEP」の開発最前線

Yep[1]
ーアレックスさんご自身は、どのような領域を担当されているのでしょうか。
Alex:私はクローラーからのデータ処理を担当し、現在開発中のYEP検索エンジンのインデックスの作成を行っています。Ahrefs Bot(クローラー)がインターネットから取得した情報は、Ahrefsの様々な製品に活用されていますが、私はこの膨大なデータを、YEP検索エンジンで検索可能なデータベースに変換する作業を行っています。
高校時代から始まったコンピューターへの情熱
Alex:高校時代からコンピューターに非常に興味があり、コンピューターがどのように動いているかを理解しようとしていました。空いた時間に本を使ってプログラミング言語を独学で学び始めました。大学で専攻を選ぶ時には、既にこの分野に興味があったのでソフトウェアエンジニアリングを選びました。
動機はシンプルで、何かを作ることができるということが非常に興味深いと思ったからです。通常、エンジニアは何かを作るために多くのツールが必要ですが、ソフトウェアエンジニアとしては、すべてを自分で作ることができて、自分が書いたコードの所有者になることができます。それが当時の私にとって魅力的でした。
ー大学での専攻について教えてください。
Alex:計算機科学(Computer Science)です。計算機科学の特徴は、少なくともフランスやアメリカでは、数学を基盤とした学問だということです。まず数学の理論をしっかりと学び、その後で開発やプログラミングを、数学アルゴリズムを実装するための手段として教えるというアプローチです。
AI時代の学習法「ボトムアップアプローチ」の重要性
ー現在、社会人がプログラミングを学ぼうとする場合、どのようなロードマップが最適だとお考えでしょうか。
Alex:私が今お答えする内容は、3年前とは大きく異なります。AIの登場により状況が変わったからです。これまで価値があった高レベルで幅広いスキルの多くが、AIによってすぐに置き換えられると思うからです。そのため、本当にソフトウェアエンジニアリングでキャリアを積みたいなら、低レベル(ハードウェアに近い領域)での深い専門性を身につけることに焦点を当てるべきです。
ボトムアップアプローチを推奨します。JavaやPythonのような高レベル言語からプログラミングを始めるのではなく、まずはアセンブリ言語のような低レベル言語から学ぶことが重要です。そうすることで、プログラムが実行される際にコンピューターの内部で何が起きているのか、その根本的な原則を深く理解できます。
ー大学での学習について、メンターや教師の役割はどのようなものでしたか。
Alex:大学では理論的な内容のみを教わりました。数学、アルゴリズム、コンピューターの歴史などです。しかし、実際のプログラミングスキルは自分で学ぶ必要がありました。教師が提供するのはプロジェクトベースの課題でした。例えばHTTPサーバーを作るといったプロジェクトにどうアプローチするかは、完全に独学で習得する必要がありました。だからこそ、自ら学び続ける独学の姿勢が非常に重要だと思います。
エンジニアの基本姿勢とは「常に新しいことにチャレンジする」

ーエンジニアとして大切にされている心構えや姿勢があれば教えてください。
Alex:非常にシンプルです。新しいことを学び続けることです。毎日、常に知らないことを学ぶ姿勢が必要です。これはソフトウェアエンジニアの基本的な姿勢です。新しいことに興味を持ち、継続的に学習し、チャレンジすること。コーディングには常により良い改善方法があるはずですから、常にチャレンジして新しいアプローチを試すことが、私が最も大切にしているモットーです。
ー各年齢層での学習方法についてアドバイスをいただけますか。
Alex:子どもと大人ではアプローチが異なります。子どもには、ゲーム制作が最良のアプローチです。大人については、学習に費やせる時間がどのくらいあるかを考えることが大切です。ハンズオンアプローチが重要で、実際に手を動かしながら自分で理解し、オンラインで情報を探索することが大切です。ソフトウェア開発の大部分は、Googleで検索して問題の解決策を見つけることですから。ChatGPTやGoogleを活用して、答えを見つける方法を学ぶことも一つの重要なスキルです。
AI時代のエンジニア像、専門性の深化が鍵
ーAI時代におけるエンジニア像をどのように捉えていらっしゃいますか。
Alex:エンジニアは特定の分野で深い専門性を持つ必要があると思います。AIは広く浅い知識を持っていますが、AIの出力は100%正確ではありません。人間として特定のドメインや技術に対して非常に深い知識を持てば、価値あるエンジニアになれるでしょう。同時に、AIを効果的に活用して、開発スピードを向上させることも重要です。
ーエンジニアに要件定義やプロダクトマネジメント、マーケティング領域での役割が求められることについてはいかがでしょうか。
Alex:コミュニケーション能力を身につける必要があると思います。これは最も重要な点です。世界で最も優秀なエンジニアでも、完璧な技術的解決策があっても、それを分かりやすい言葉で説明できなければ誰にも価値が伝わりません。
プロジェクト管理も非常に重要です。ソフトウェア開発においてどの部分に優先的に取り組むべきかを判断し、会社の戦略に沿ったソフトウェア開発ができる能力が必要です。
AIの民主化とセキュリティリスクの警鐘
ーAIの民主化により、非エンジニアでも開発ができるようになっていますが、この変化をどう見ていますか。
Alex:AIの活用は良いことだと思います。例えば、ウェブサイトを作りたい場合、既存のデータベースサービスを使ってカスタマートラッキングシステムを構築し、シンプルなサービスを提供することは十分可能です。これであれば非エンジニアでも成功できると思います。
しかし、システムが複雑になると、データベース設計、ハードウェア構成、ネットワーク設計などの専門知識が必要になります。なぜシステムが動かないのかを理解するには、これらの深い技術知識が不可欠です。そしてセキュリティの問題もあります。適切な知識なしに開発すると、セキュリティ脆弱性が生まれ、悪意ある攻撃者に悪用される危険性があります。これは深刻な問題だと考えています。
ー非エンジニアやマーケターが身につけるべき技術リテラシーについて教えてください。
Alex:AIがすべてを解決するわけではありません。もし本格的なアプリ開発を目標とするなら、まずAWS、Azure、Google Cloudのようなクラウドプロバイダーの基礎を学ぶことを提案します。
ーマーケターがAhrefsのツールをAPIでより専門的に活用するために、推奨する学習言語はありますか。
Alex:マーケターにはAPI活用スキルが必要だと思います。Pythonを強く推奨します。Pythonは多用途に対応できる汎用言語で、データ分析からAPI連携まで幅広い用途に活用できるからです。もしウェブサイト制作にも興味があれば、JavaScriptも有用ですが、Pythonが最優先の推奨言語です。
複雑なデータ基盤が「SaaS is Dead」論を覆す
ー生成AIが民主化されたことで話題になる「SaaS is Dead」論についてのご見解をお聞かせください。
※編集部注:この論争は、マイクロソフトCEOサティア・ナデラ氏がポッドキャスト「BG2」で発言した内容が一人歩きしたもの。本来の意味は「Seat-Only SaaS is Dead」(座席課金(Seats)のみのSaaSは終わり)というものだった。[2]
Alex:この議論については様々な意見があると思いますが、「SaaS is dead」という考えは、シンプルで複雑なバックエンドインフラが不要なSaaSに当てはまる可能性があります。そのような単純なSaaSはAIツールで代替されるかもしれません。
Taka:SaaSの製品レベルによると思います。シンプルで複雑なバックエンドインフラがないSaaSは、AIによって簡単に代替される可能性があります。しかし、Ahrefsのようにクローリングして膨大なデータを保有し、複雑なシステムを構築する必要があるSaaSは、簡単に代替されるものではないと考えています。
AIがどこからデータを取得しているか不明確で、ハルシネーション現象により正確でない情報を提供する可能性もあります。膨大なデータに基づいたアルゴリズムによる分析は、AIでは簡単に代替できないと思います。
AIエージェント時代における
「置き換えられる側」から
「置き換える側」へ
国内でも “キーワード調査を AI に任せる” 事例が増える中、Ahrefs は 「置き換えられる側」ではなく「置き換える側」に立つ 戦略を採っている。 その根拠として、アレックス氏は 4 つの競争優位性を挙げた。
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世界最大級のビッグデータ基盤
インデックス総量 4,940 億ページ を 15〜30 分 毎に更新。[3]
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10年以上蓄積した履歴データ
2013 年からのリンク履歴を二重インデックスで保存し、 AI の 長期トレンド分析・異常検知 用教師データを提供。[4]
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独自アルゴリズム群
Ahrefs Rank / Domain Rating / URL Rating などのロジックは非公開。 LLM が模倣してもブラックボックスは再現不可能。
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AIネイティブな拡張スピード
AI Keyword Suggestions、AI Content Helper など 2024〜25 年 にかけて連続投入中。
AI オーバービューの CTR 減少(-34.5%)を世界で初めて定量検証したのも Ahrefs の自社データ研究チームであり、
「検索体験の変化を測定できる唯一のデータソース」として取り上げられている。
世界34位のスーパーコンピューター「Yep1」が支える技術的優位性

TOP500[5]
ーAhrefsのようなデータドリブンサービスの競争優位性について教えてください。
Alex:我々は自社のデータセンターを含む、すべてのインフラストラクチャーを保有しています。クラウドサービスに依存せず、コストを抑えながら柔軟な運用ができることが大きな競争優位性です。AI・GPU関連では、専用クラスターを保有し、AI実験と自社AIツールの開発に活用しています。
クラウドプロバイダーに依存せず、自社でインフラを保有している柔軟性があります。「Yep1」という世界で34位のスーパーコンピューターを保有しており、このGPUクラスターを使ってAPIを通じて実験的な開発を行っています。これにより最先端の実験と開発に挑戦できています。
※編集部注:TOP500 スーパーコンピューターランキング(2024年6月)において、AhrefsのYep1は世界34位にランクインしている。
YEPプラットフォームは検索の未来を変える
ー今後Ahrefsはどのような方向に進化していく予定でしょうか。
Alex:AI技術についてはさらに発展させていきたいと思います。現在、検索APIを開発中で、他社が自社のLLMに検索結果を組み込めるサービスを提供予定です。OpenAIやAnthropicの検索APIの代替として、我々のAPIから検索結果を取得することで、より精度の高いサイテーション管理が可能になります。
Taka:彼が注力しているYEPプラットフォームでは、クローラーが保有するデータベースを基にした検索エンジンを構築し、APIで公開して他社にも活用してもらいます。
マーケティング面では、従来のSEOツールというイメージから、アナリティクスツール、AIコンテンツライティング、ブランドモニタリングなど、ChatGPTやPerplexityのサイテーション検知ができるツールをリリースしており、より広範囲のマーケティングツールとして進化しています。
日本市場への期待とAhrefsアカデミー日本語版
ーAhrefsアカデミーの日本展開について教えてください。
Taka:Ahrefsアカデミーは英語で無料受講コースを提供していましたが、日本語版を年内リリース予定です。日本はAhrefsにとって非常に重要な市場であり、本社からも日本市場には日本語のローカリゼーションを優先して行うことが必要だと理解があります。
Ahrefsは創業以来、教育情報を無料で提供することを重視しており、Basics of SEOなどの書籍も無料で提供しています。日本市場でAhrefsの使い方を理解していただくため、誰でも無料でアクセスできる形で、これからも日本語コンテンツを充実させていく方針です。
国内外SEOマーケットの違いと今後の展望
ーSEOの観点から、国内外のマーケットの違いを感じることはありますか。
Taka:海外のSEOではバックリンクの文化が強く、ドメインが強いサイトからバックリンクを獲得することが検索順位に大きく影響します。今後はAI Overviewsの導入により、検索意図に基づいたコンテンツ作成がより重要になると考えています。
国内外の違いでは、ソーシャルチャンネルの違いが顕著です。海外ではLinkedInやRedditが強いユーザー行動を示しますが、日本ではFacebookがまだ多く使われており、LinkedInはあまり普及していません。こうしたコミュニティ形成の違いを意識したマーケティングが必要です。
日本のユーザーコミュニティへの感謝
ー最後に、日本のユーザーの方々に向けてメッセージをお願いします。
Alex:日本はアメリカ、イギリスに次ぐ世界第3位の重要な市場です。日本の皆様にAhrefsをご利用いただき、心から感謝しています。ミートアップなどで拝見できる活発なコミュニティを大変嬉しく思います。日本市場により充実したサポートを提供し、より多くの方々にご活用いただけるよう努力していきたいと思います。
Taka:日本市場は本当に重要で、皆様の情熱や熱意をミートアップで実感できており、心から感謝しています。今後も日本ユーザー向けの開発やサポートを充実させ、様々な教育マテリアルや製品の日本語ローカリゼーションに注力し、Ahrefs 日本のユーザーコミュニティをより盛り上げるために国内ユーザーに向けたイベントなどを引き続き積極的に行っていきたいと思っています。
取材を終えて
AI時代においても、深い技術理解とデータの信頼性が最も重要であることが印象的だった。特に「AIによる表面的なスキルの代替」に対して「ハードウェアレベルでの深い専門性」で対抗するという戦略は、多くのエンジニアにとって参考になるだろう。また、世界34位のスーパーコンピューターを保有するという技術的投資の規模は、同社の本気度を物語っている。
Ahrefs について

URL https://ahrefs.com/ja
Ahrefsは2010年創業の SEO/検索データプラットフォームを開発・提供するテクノロジー企業。本社はシンガポール。4,900 億ページ以上を 15〜30 分間隔でクロールする世界最大級のインデックスを基盤にサイト監査・キーワードリサーチ・競合分析・AIコンテンツ支援など
マーケター向け SaaS をグローバルに展開。
近年は AI Keyword Suggestions や AI Content Helper など生成 AI 時代を見据えた新機能を連続投入し、検索体験の革新をリードしている。
会社名 | Ahrefs Pte. Ltd. (読み:エイチレフス) |
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代表者 | CEO / Founder : Dmitry Gerasimenko |
設立 | 2010 年 |
所在地 |
本社 16 Raffles Quay, #33-03 Hong Leong Building, Singapore 048581 |
取扱業務 |
SEO / マーケティング SaaS の開発・提供、 ビッグデータ解析、AI / 検索インフラの研究開発 |
参考文献
- ^ Yep. 「Yep – the private, revenue-sharing search engine」. URL, (参照 2025-06-17).
- ^ JetSoftPro. 「SaaS is Dead? Microsoft CEO's Shocking Prediction Explained」. URL, (参照 2025-06-17).
- ^ Ahrefs. 「Bringing big data to Marketing and SEO professionals」. URL, (参照 2025-06-17).
- ^ Ahrefs. 「[New Feature Alert] Historical Backlink Data」. URL, (参照 2025-06-17).
- ^ TOP500. 「TOP500 List - June 2024」. URL, (参照 2025-06-17).