日本テレビの「ミカタッチAI」で、人間が考えることはむしろ増えた
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AI で番組の「ヒットの再現性」を高める。
日本テレビが開発した「ミカタッチAI」は、4つの AI エージェントで、番組の分析から次の企画までをつなぐ。技術以上に印象に残ったのは、現場への溶け込み方だ。チャットという慣れた形式、毎週のリリース、AI の「仕事ぶり」まで採点する検証の仕組み。そして、AI がパートナーになって、人間が考えることはむしろ増えたという率直な言葉である。
ラーニングソリューション事業部 事業部長
この記事の要点
- 日本テレビの「ミカタッチAI」は、4つの AI エージェントで番組の分析から次の企画までをつなぎ、「ヒットの再現性」を高めることを狙う
- チャットという慣れた形式と毎週のリリースで現場に溶け込み、最終回答だけでなく AI の「仕事ぶり」まで採点して品質を保つ
- AI がパートナーになったことで見えるものが増え、人間が考えることはむしろ増えたという
番組づくりの判断を支える「ミカタッチAI」
日本テレビ放送網 経営戦略局 R&D ラボ 主任の瀧本恭佑氏が登壇した。瀧本氏は報道で番組制作や記者を経験した後、Hulu やニュースの配信事業、データマネジメント、DX 推進を経て、現在の R&D ラボに至る。番組の現場とデータの両方を知る経歴である。

日本テレビ放送網 経営戦略局 R&D ラボ 主任の瀧本恭佑氏
瀧本氏が掲げた狙いは、AI を活用することで「ヒットの再現性」を高めることだ。番組づくりは長らく、担当者の経験と勘に支えられてきた。そこに客観性を加えようというのが、ミカタッチAI である。
背景にあるのが、日本テレビホールディングスの中期経営計画(2025〜2027)だ。ポイントの1つに「企画開発における AI の活用、テクノロジーの積極的導入」を掲げる。目的は2つ。各部門の業務に特化したエージェントで年間10万時間のクリエイティブな時間を生み出すことと、コンテンツを客観的に分析してヒットの再現性を高めることだ。
番組づくりの PDCA は、新規番組の開発や改編(P)、日々の編成・制作(D)、評価分析(C)、改善アクション(A)と回る。
瀧本氏はまず、番組づくりで PDCA を回すうえでの課題を3つに整理した。
- 数字の要因が見えにくい:視聴率の良し悪しの印象だけが残り、正しい要因分析が難しい
- 打ち手が保守的になる:既定路線や経験則に偏り、思い切った改善を選びづらい
- 分析できる対象が限られる:専門部門のリソースに限りがあり、ゴールデン・プライム帯(GP 帯)など一部の番組に限られる
この課題設定は分かりやすい。
そこで生まれたのが、ミカタッチAI だ。名前のとおり、「データの『見方』をわかりやすくして、私たちの仕事の『味方』になる」 AI エージェントである。担うのは単なる集計の自動化ではなく、現場の思考の拡張だという。
日本テレビの放送は、週に130本、年間で6,800本を超えるという。そのすべてを人が分析すれば、年間で1万3,000時間以上が必要になる計算だ。そこを AI が担う。ミカタッチAI は、4つの AI エージェントで分析から企画までをつなぐ。
- 日常の把握:OA(オンエア)分析 AI エージェントが、放送の翌営業日に自動で分析する
- 要因の深掘り:深掘り AI 分析エージェントに、チャットで質問できる
- 中長期:戦略エージェントが、中長期的な観点で意思決定を支える
- 次の企画:企画リサーチ AI エージェントが、演出の知見を学んで企画案を生成する(Google Cloud Next Tokyo 2025 で紹介)
4つ目からは、また1つ目の日常の把握へ戻る。先の PDCA を、そのままエージェントで回す構図だ。個々のエージェントの賢さよりも、エージェント同士をつなげることが重要なのだろう。

分析から企画までをつなぐ4つの AI エージェント
1つ目の OA 分析 AI エージェントの画面では、同じ回の番組について、AI による分析コメントと、マーケティング部門の担当者による分析が並ぶ。その下には、視聴率などの定量的なダッシュボードが縦に続く。人の目に AI の分析が加わることで、多角的で深みのある振り返りを目指す。
工夫は2つあるという。マーケティング部門が積み上げてきた分析の蓄積から「型」と「視点」を抜き出して言葉にしたこと。そして、AI が「想像」を入れないように調整したことだ。たとえば「和菓子の企画だから高齢者に受けた」といった、データに裏付けのない思い込みを AI が語らないようにしている。日本テレビならではの「型」と「視点」の言語化も、この「想像させない」チューニングも、実に面白い。
2つ目の深掘り分析 AI エージェントは、チャット形式だ。従来の分析ツールのようにフィルタを操作するのではなく、知りたいことを言葉で聞く。「イッテQの視聴率を教えて」といった単純な質問から、「分ごとの視聴率の推移から、見せ場を置くべき位置はどこと言える?」といった踏み込んだ問いまで、使う人ごとの関心に合わせて分析する。
なぜチャットなのか。瀧本氏は現場の側から説明した。ダッシュボードは、見る人によって見方が変わる。そもそも、データを調べること自体にハードルがあった。チャットという慣れた形式なら、制作の流れの中で「何がいいんだっけ?」とそのまま聞ける。分析が、制作に溶け込むのである。ここはいい言語化だ。
現場の声も紹介された。「調べるのが手間」「時間がかかりそう」と、経験や感覚で仮説を立ててしまっていた人も、分析への精神的なハードルが下がり、多面的な仮説を立てられるようになった。放送ごとの振り返りでは、AI が共通の土台となるコメントを出す。担当者の偏見に左右されにくく、データを読む力の差も縮まった状態から議論を始められる。だから、レベルの高い会話ができるようになった。ミカタッチAI は、全社員・スタッフに展開しているという。このあたりのコメントは素晴らしい。

これまでの課題と現場の声。ミカタッチAI は全社員・スタッフに展開している
技術論ではなく、現場への溶け込み。つまりはフリクションの解消なのだ。データ活用を阻んでいたのは、ツールの機能よりも、「調べに行く」ひと手間と、見る人による解釈の差だったということだろう。チャットにすれば、分析の主語が専門部門から制作者本人に移る。専門部門のリソースに縛られるという3つ目の課題を、人を増やさずに崩す手になる。
ただし、チャットはそれらしい物語を返しやすい。「和菓子だから高齢者に受けた」式の決めつけを AI が語れば、2つ目の課題である打ち手の保守化を、かえって強めかねない。チャットで現場に溶け込ませることと、「想像させない」チューニングは、セットで初めて効くのだと読める。
現場との距離を短くする
では、この仕組みをどう作り、現場に届けているのか。プロジェクトは、瀧本氏が所属する経営戦略局が主導し、全社横断で進めている。担当取締役や各部門の長が入るステアリングコミッティ(意思決定の会議体)を置き、意思決定を速める。部門横断のメンバーでプロジェクトコア会議を構成し、各部門とは個別に定例会を持つ。

全社横断プロジェクトとしての推進体制
開発は、プロトタイプを見せながら打ち手を具体化する Biz チームと、アジャイルで改善を重ねる Product チームの2本立てだ。瀧本氏は、「便利になったから使ってもらえます」という開発では、なかなか使われないと語った。システムを作る側なら、誰もが覚えのある「あるある」だろう。解決には、ユーザー一人ひとりに当事者意識を持ってもらう必要がある。そのために、ユーザーから見て「打てば響く」プロダクトにする。ユーザーの声を受けた改善は毎日流し、新しい機能は毎週リリースする。本人も「かなりアグレッシブ」と認めるペースだ。日本テレビは社員数がそれほど多い会社ではないため、ULS Consulting と株式会社 GenAi の2社とパートナー体制を組む。スライドの結びは、「現場との距離を短くし、プロトタイプで課題解決の速度を上げる」だった。
先のチャットの話と同じ線上にある。プロダクトを現場に溶け込ませるには、作る側も現場に溶け込む必要がある。週次リリースと部門ごとの定例会は、そのための仕掛けだろう。
効果を、瀧本氏は「視野を広げる」ことだとまとめた。議論を早く集約でき、そのスピード感が気づきと改善を加速すると期待しているという。人が思いつく仮説を検証する数と速さを増やすことで、意思決定の精度も高められると考えている。「ヒットの再現性」とは、一発で当てる確率を上げることではなく、試せる仮説の数と速さで当たりを増やすことなのだろう。打ち手が保守的になるという2つ目の課題への答えも、ここにある。
視聴率は0.1%の勝負、3層の仕組みと検証で精度を守る
続いて話は、仕組みに移った。題材は、先のチャット形式の深掘り分析 AI エージェントだ。抽象的な質問にもデータを集計・分析して答えるツールだが、視聴率は0.1%レベルの勝負だ。その0.1%が、何十億円もの金銭的価値を動かすこともある。数値の誤りや計算ミスは許されない。そこで初版では、番組ごとに数値をまとめた「レポートファイル」を BigQuery から作り、それを Gemini に読み込ませていた。数字のミスは防げるが、柔軟な集計がしづらく、番組や期間、他局をまたいだ横断分析に弱い。
改善版では、Conversational Analytics API のデータエージェントを採用し、働きの異なる3層に作り替えた。
- 一番上の推論層(Agent Runtime):質問を分解して考察する。人がどう分析しているかを教えると、それに沿って新しい分析ステップを踏み、新しい回答を出す。ここの効果が大きかったという
- 中間のデータエージェント(Conversational Analytics API):計算のルールを指示文で、書き方をお手本の SQL(データベースへの問い合わせ文)で教える。本人いわく「教科書的なやり方」だ。推論層は、データを必ずこの層から取る
- 下層のデータマート(BigQuery 上の分析用の表):表を最小限にして迷う余地を減らし、間違えやすい計算は済ませておく。データベースの列そのものにも説明を入れる
指示文を太らせないよう、「知識」はデータ側に持たせるという。これでコストを削り、速度と回答精度も上がったとしている。
基調講演の答え合わせのようだった。同じ日の基調講演は、モデルの賢さよりもコンテキスト(AI に渡す前提情報)とデータの整備が勝負を分けると説いた。日本テレビの答えは、地味で具体的だ。AI に暗算させない。迷わせない。分析の仕方は推論層に、計算のルールはデータエージェントに、データの意味はデータマートに置く。
毎週リリースしていれば、エージェントの品質をどう保つかが問題になる。そこで、検証のプロセスそのものをプロダクトに組み込んだ。まず、「これには答えてほしい」「よく聞かれる」という質問を集めて想定質問集を作る。リリースのたびにそれを自動で実行し、LLM が採点し、課題を切り分けて直す。

評価と検証をプロダクトに組み込み、「仕事ぶり」まで採点する
ポイントは「最終回答だけを審査しない」ことだという。答えが間違っていると分かっても、それだけではどこでつまずいたかが分からない。瀧本氏は「中学生の数学みたいな話」と前置きしたが、要は途中式を見るということだ。データ定義、データエージェントへの問い合わせ内容、取得したデータ、解釈・考察、回答の提示まで、AI の「仕事ぶり」をログから採点し、原因を突き止める。最後は人がレビューし、短いリリース間隔でも品質を保っている。
層を分けた設計が、ここで効いてくる。データの定義なのか、問い合わせなのか、解釈なのか。つまずいた場所を、層ごとに切り分けられる。毎週リリースという攻めの開発と、品質を守る検証の仕組みが、表裏一体で組まれているのである。
ミカタッチAI で見えてきた「意義」
最後は、ミカタッチAI の取り組みを通じて見えてきた意義の話だった。4つある。
1つ目は、自社ならではのデータへの「意味」づけだ。データの分析は、システムの側がやってくれるものと思われがちだ。だが、どういう観点で結果を出すかは、会社や部署によって違う。だから、分析や評価の視点、社内の用語をデータに持たせる。これがあるからこそ、ユーザーが見たときに意味の通る答えになる。
2つ目は、業務の言語化だ。言語化できれば、AI に任せられる可能性が見えてくる。たとえ AI 化が難しそうだと分かっても、言語化のプロセスそのものに意味がある。いわば副産物だ。
3つ目は、ニーズの検証だ。瀧本氏は、Conversational Analytics API の進化を米国のカンファレンスで知ったという。プロダクトにニーズがあることは、自前で作ってきた経験から分かっていた。だから採用を決めた。とはいえ、作ってきたものを作り替えるのは簡単ではない。勇気ある意思決定と、それをやり切る実行力も大事なのだろう。
4つ目は、高度化だ。AI がパートナーになったことで、これまで見えなかったものが見え、やれなかったことができるようになった。そこが大事だという。その結果、人間が考えることはむしろ増えた。人間の考える負荷が上がったという言葉には、私自身、120%同意する。ほんとうに本質だ。ミカタッチAI の名に込めた「味方」は、ここに行き着く。
取材を終えて
このセッションの核心は技術ではなかったと思う。チャットという慣れた形式、担当者に左右されにくい共通の土台、打てば響く開発のペース。どれも、現場がデータに向き合うときのフリクションを減らす工夫だ。使われる理由を、作る側が現場の中で作り続けている。
AI の効果は、ともすれば削減した工数で語られる。全番組を人が分析すれば年間1万3,000時間という試算も、その文脈で聞けば分かりやすい。だが、本当の効果は、浮いた時間で人が何を考えるかにある。見えるものが増え、考えるべきことが増える。そこから逃げずに、AI を味方につけて考え抜く組織だけが、ヒットの再現性に近づけるのだろう。
筆者なら、まず「これには答えてほしい」という質問を10問ほど集める。詳しい人がどこを見ているかを言葉にする作業でもある。AI を試すたびに、答えだけでなく途中の手順まで確かめ、最後は人が目を通す。日本テレビが毎週続けていることを、小さく真似るところから始めたい。
開催概要
| イベント | Agentic AI Summit '26 Fall(主催:Google Cloud) |
|---|---|
| 開催日 | 2026年10月29日(Day 1) |
| 会場 | ベルサール渋谷ガーデン+オンライン配信 |
| セッション | コンテンツ制作の判断を支える「ミカタッチAI」 AI エージェントで変わるテレビ局の意思決定 |
| 登壇 | 瀧本 恭佑 氏(日本テレビ放送網株式会社 経営戦略局 R&D ラボ 主任) |
出典:Agentic AI Summit '26 Fall 公式ページ
本イベントのレポートは、順次掲載します
この記事では日本テレビ放送網のセッションを取り上げました。ほかのセッションのレポートも、後日 trends. で掲載します。(trends. 編集部)






