JAL は AI エージェント選びで、情報の守りと人の承認を譲らなかった

JAL は AI エージェント選びで、情報の守りと人の承認を譲らなかった

公開:
CodeCampが提供するDX人材育成が可能なプログラミングやITが学べる公開講座

生成 AI の月間利用率が7割に達した JAL グループが、次の一手として AI エージェントの導入に踏み出した。

JALデジタルの西條恭平氏と爰野寛太氏が明かしたのは、ツール選びで情報漏えいの防止と人の承認を足切りの柱にした判断、DX 推進リーダーを巻き込んだ PoC、そして社員が自ら作った741体のエージェントの実態だ。選定で決めた譲れない条件は、運用の設計にもつながっている。

下山 雄大
コードキャンプ株式会社
ラーニングソリューション事業部 事業部長
下山 雄大
コードキャンプ株式会社
ラーニングソリューション事業部 事業部長

コードキャンプ株式会社において、企業向け・官公庁向けの研修サービスの統括責任者を担い、総合商社や大手製造業などに対してDX人材を中心とした中核人材育成の企画・運営を行う。また高知県など複数の行政機関と連携して地域内の人材育成を2022年以降、毎年実施している。コードキャンプ社入社前は、新卒で横浜銀行に入社し、その後salesforce.com(現 セールスフォース・ジャパン)、ビジネス・ブレークスルー(Aoba-BBT)にそれぞれ在籍。2017年から現職

この記事の要点

  1. JAL グループは約30項目の比較観点から「ノックアウトファクター」を決め、情報漏えいの防止と人の承認の強制を足切りの柱にした
  2. PoC では DX 推進リーダーが、現場と IT 部門をつなぐ通訳の役割を果たした。使われないライセンスは回収して配り直す
  3. 社員が作ったエージェントは741。うち96%は個人用で、個人の工夫を組織の資産に変えることが次の勝負どころになる
目次
  1. どう絞り込むか:30項目と「ノックアウトファクター」
  2. PoC の壁:誰に試してもらい、どこまで任せるか
  3. 活用の実際:741のエージェント
  4. 今後の展望:社会のエージェントと「協奏」する
  5. 取材を終えて
  6. 開催概要

最初に登壇したのは、JALデジタル デジタルマネジメント部 AI・データ改革推進グループ チーフの西條恭平氏だ。講演の中心になるのは、AI エージェントツールの選定から、PoC(本格導入の前に小さく試す段階)、導入までの過程だという。西條氏は、AI ツールを業務に届けることと、教育の推進を主に担う。設定やシステムの設計は、AI・データプラットフォームグループの爰野氏がリードする。

JALデジタル AI・データ改革推進グループ チーフの西條恭平氏

JALデジタル AI・データ改革推進グループ チーフの西條恭平氏

西條氏はまず、JAL グループの規模を示した。1日に平均で約1,000便を飛ばし、年間の搭乗者は約4,800万人にのぼる。連結では57社、従業員は3万9,076人(2026年3月末時点)。資料に「間接業務社員 約9,000名」とわざわざ書き添えているのが目を引く。パイロットや客室乗務員、空港、整備といった現場の社員が大半を占めるなかで、本社で書類や調整を担う人たちが、AI がまず効く層だと思う。

続いて西條氏は、DX 戦略の位置づけを語った。その真ん中に、自律型の AI エージェントを置いた。背景には、将来の労働人口の減少がある。「人間が都度指示を出す生成 AI の活用の考え方から一歩進んで、AI が業務を自律的に遂行する仕組み」を、オペレーションの中心に組み込むという。

スライドには、2026年3月に発表した経営ビジョンから、DX を動かす「4つのエンジン」が引用されていた。4つのうち2つは「人」だ。DX 人財を全社員の10%に、DX 推進リーダーを約100人に(いずれも2030年度)、という人の数の目標を経営ビジョンに書き込んでいる。AI エージェントを入れる話は、道具の話である前に、それを使いこなし、現場を変える人を何人育てるかという話なのだろう。

JAL グループは、2023年から使い始めた社内業務特化型の「JAL-AI」と、2025年から使い始めた汎用的なパートナー AI の「Gemini」を、適材適所で使い分けている。ツールを配るだけでなく、全社向けの階層別教育と、領域ごとの実践的な教育も並行して進めてきた。その結果、現場も含めたグループ全体で、月間の利用率は70%、1人あたりの利用は月50回に達したという。教育の段階は、大学の学年になぞらえた4つだ。最上位の4回生は「生成 AI を使った業務改革を行い、組織の DX を推進できる」。

使う AI から、任せる AI へ。JAL はすでに、社員の7割が毎月 AI を使う段階まで来ている。次の一手が、指示を待つのではなく自ら動くエージェントだというのは、筋の通った順番だ。ただし、安全が最優先の航空会社で、AI にどこまで任せるのか。任せる範囲と止めどころをどう線引きするのかに注目したい。

どう絞り込むか:30項目と「ノックアウトファクター」

ここからが、このセッションの本題、AI エージェントツールを導入した過程だ。検討のタイムラインはこうだ。

  • 2026年4月:候補ツールの情報収集を開始
  • 2026年7月:PoC で試すツールを3つに絞る
  • 2026年9月:約2か月、ユーザー部門を巻き込んだ PoC を経て、導入するツールを決定
  • 2026年11月:広く本番展開を始める予定

西條氏は「立ち止まって悩むということではなく、数か月ごとに今の情報で判断を下す」と語る。情報収集から本番展開の予定まで、わずか7か月。3万人規模のグループとしては、かなりの速さだ。

進めるなかで、いくつかの課題にぶつかった。最初は、ツールを絞り込む段階だ。スライドは、悩みを率直に書いていた。候補のツールは無数にあり、何が JAL グループに最適か分からない。しかし、すべてを試せるほどの時間も費用もない。

そこで、戦略との合致、コスト、ガバナンスといった多面的な評価の観点を、30項目ほど洗い出した。その中から、「これを満たさなければ対象外にする」という項目を、特にセキュリティの項目を中心に、ノックアウトファクターとして決めた。筋のよい選定ができたのは、初期の段階からセキュリティチームをはじめとする多様なメンバーがプロジェクトに加わったおかげだと、西條氏は振り返る。

ノックアウトファクターとは、一つでも満たさなければ候補から外す「足切り」の条件のことだ。筆者が一番気になっていたのはその中身だったが、西條氏は次のスライドで、比較の観点の例を示した。

  • ユーザビリティ:社員一人ひとりが作ったエージェントを、個人の利用にとどめず、組織やチームに展開・共有できる仕組みがあるか
  • ガバナンス:プロンプトに入力した情報の漏えいを防げるか(DLP:Data Loss Prevention、情報漏えい対策)、パソコンの中のデータを守れるか
  • ガバナンス:外部との連携や重要なデータの更新など、取り返しのつかない操作や重要な判断の前に、必ず人の承認を挟む仕組み(ヒューマン・イン・ザ・ループ、HITL)を強制できるか
比較観点の例。最も重視したのはガバナンスだった

比較観点の例。最も重視したのはガバナンスだった

西條氏は「絞り込む上で最も注視したのが、ガバナンスです」と語った。こうした項目を、ノックアウトファクターにしたという。

情報が漏れないことと、取り返しのつかない操作の前に必ず人が承認すること。AI に「答えさせる」だけなら、前者で足りる。だが AI が自ら動く「任せる」段階では、後者が欠かせない。肝は、HITL を「強制」できるかを問うた点だ。使う人の心がけに頼るのではなく、仕組みとして人の承認を外せないようにする。

PoC の壁:誰に試してもらい、どこまで任せるか

次に、PoC の進め方の課題にぶつかった。一つは、ユーザーを巻き込むにしても、参加者には一定の知識が要ること。もう一つは、エージェントにどこまでの操作を認めるかという、ガバナンスの課題だ。対策は3つあった。

  • DX 推進リーダーに試してもらう:各部門で DX を進め、プロジェクトを引っ張る社員に協力をお願いした。「IT リテラシーや温度感の高いメンバー」に参加してもらったことで、より効果的なフィードバックが得られたという
  • 操作の範囲をセキュリティチームとすり合わせる:エージェントにどこまで許すかは、その時点では全社のルールとして厳密には決まっていなかった。そこで、セキュリティの設定や操作を認める範囲をすり合わせた。同じプロジェクトにセキュリティチームの社員がいたので、彼らが気にする点をつかみ、キーパーソンも巻き込んで、スムーズに進められた
  • ベンダーに直接頼る:最新情報の提供やハンズオン教育の支援を頼み、短い期間で PoC をやり遂げられた

DX 推進リーダーが、ここで実際に効いている。新しいツールを現場の目で確かめ、IT 部門に言葉を返す、いわば通訳の役割を果たしている。IT 部門が自分たちだけで試していたら、現場で使えるかは分からない。一般の社員にいきなり試してもらえば、使い方でつまずき、ツールの良し悪しまでたどり着かない。その間に立つ人を事前に育てていたことが、導入の速さにもつながっているのだろう。

3つ目の課題は、翌月の本番展開を前に、いままさに直面しているものだ。限られたライセンスで、効果をどう最大にするか。すでに Gemini を全社に展開しているなかで、エージェントツールのライセンスをただ配るだけでは、どう使い分ければよいかが現場に伝わらない。西條氏は「使わないままの休眠ライセンスが発生してしまう。それがリスクだと考えています」と語った。そこで、一定の期間使っていない人からはライセンスを回収し、本当に必要とする人に配り直すルールを決め、運用する。

ツールの導入をゴールにするのではない。最初に生成 AI ツールを入れたときと同じか、それ以上に、導入後の教育支援と運用の設計に力を注ぎ、AI エージェントによる価値の最大化を図りたい。西條氏はそう語って、自分のパートを締めた。

ライセンスの回収ルールは、地味だが実務的だ。JAL-AI を全社に広げたときも、担当者が本社や支店、空港を回る「JAL-AI キャラバン」で、延べ1,000人以上と対話を重ねていた(ビジネスジャーナル)。道具を入れるより、根付かせる方がずっと手間がかかる。そのことを知っている組織の言葉だと思う。

活用の実際:741のエージェント

JALデジタル AI・データプラットフォームグループの爰野寛太氏

JALデジタル AI・データプラットフォームグループの爰野寛太氏

ここからは爰野寛太氏が、実際にどのようなエージェントが使われてきたかを説明した。まず示したのは、社内の Gemini Enterprise の利用状況を分析した結果だ。「実は、741エージェント、社内では作られている。結構大きな数字が出ています」。社員が自主的に作ったものだ。そのうち96%は個人用で、ほかの人とは共有されていない。

社員が作ったエージェントは741。96%が個人用で共有されていない

社員が作ったエージェントは741。96%が個人用で共有されていない

96%が個人用という数字は興味深い。ツール選びでは、使い勝手の観点の筆頭に、作ったエージェントを共有できるかを置いていた。共有できる仕組みはあっても、実際に共有されているのは4%にとどまる。

では、どんなエージェントが作られているのか。ライセンスは、JAL の現場の DX リーダー向けと、JALデジタル向けに配っている。使い方の傾向は、この2つで違う。現場の DX リーダーは、団体予約の積載量の確認や整備士の勤務表など、現場業務の自動化に向かう。JALデジタルでは、管理職のデジタルツイン(分身)が39体作られていた。部長の価値観をプロンプトにして、部下の壁打ち相手にする。

これは、とても面白い。部長の価値観をプロンプトに書き出すには、部長が普段何を大事にし、何を基準に判断しているかを言葉にしなければならない。部下は、部長の時間を取らずに「部長ならどう言うか」を確かめられる。気になるのは、本人の考えが変わったときに誰が分身を更新するのか、という点だ。

ここから爰野氏は、Gemini Enterprise を拡張すると何ができるかを、事例で紹介した。

事例①:便データとつながったエージェント

1つ目は、JAL 便の運航データとつながったエージェントだ。ADK(Google のエージェント開発キット)で作り、社員は Gemini Enterprise から呼び出す。エージェントは MCP(AI を外部のデータや道具につなぐための共通の規格)を通じて、社内の運航便の API(システムからデータを取り出す窓口)につながっている。

画面の例では、「JL0050 の後続便への影響はありますか?」と聞くと、エージェントが機材繰り(どの機体をどの便に回すか)をたどって答えていた。羽田〜ドーハ線は、羽田発の JL0059 便でドーハに着いた機材が、そのまま折り返しの JL0050 便として羽田に戻るサイクルで運航している。前日の JL0059 便が欠航したため、折り返しの JL0050 便に使う機材がドーハに着かず欠航になった。その乱れで、今夜の JL0059 便も欠航が決まっている、という具合だ。欠航による影響を聞けば、ドーハが中東・欧州・アフリカからの乗り継ぎ拠点であることや、同じワンワールドに加盟するカタール航空への振り替えといった対応まで整理してみせる。

JL0050 便の欠航の原因と、後続便への影響を答える

JL0050 便の欠航の原因と、後続便への影響を答える

ここで、ADK が出てきた。基幹のデータにつなぐ本格的なものは、開発キットで作り込む。

全便のデータをそのまま AI に渡していたときは、入力トークン(AI に読ませる文字量の単位)が13万5,000。間に Agent Sandbox(ネットワークにつながらない、閉じた実行環境)を挟み、コードで集計した結果だけを渡すと、8,300に減った。約94%の削減だ(国内線1日721便のデータで比較)。

とてもよい事例だ。航空便のデータは膨大だ。それを毎回 AI に読ませれば、費用がかかり、読み違いも起きやすい。だから、数えるのは確実なプログラムに任せ、AI には結果だけを渡す。

事例②:システムの品質統制エージェント

もう一つは、重要なシステムの品質チェックだ。これまでは年1回、重要な40のシステムを対象に、維持管理の資料を読み、チェック項目に照らして問題がないかを確かめていた。延べ4か月を超える作業だ。

これをエージェントでできないかという相談が、社内から寄せられた。最初は小さく、Gemini Notebook(旧:NotebookLM) で試した。2つのシステムで試したところ、人の評価との一致率は83%と76%だった。ただ、これを毎回繰り返すのは大変だ。いまは爰野氏も一緒に、Gemini Enterprise のエージェントに作り替えている。統括役のエージェントが5つの専門エージェントに仕事を割り振り、一次評価のレポートをまとめる。スライドでは、最終的な判断は上長が行うとある。

最初の試行が Gemini Notebook(旧:NotebookLM) だった、というのが面白い。資料を放り込んで質問できる手軽な道具で、まず AI にこの評価ができそうかを確かめる。この順番は、ほかの会社でもまねしやすい。一致率が8割前後という数字も、率直でよい。この数字なら、AI は一次評価にとどめ、最後は人が決めるのが妥当だ。先のノックアウトファクターで求めた HITL が、ここで実際の業務の形になりつつある。

今後の展望:社会のエージェントと「協奏」する

最後に爰野氏は、さらに活用を広げるための柱として、データの拡充、業務のハンズオフ(人が張り付かなくても回る業務にすること)、セキュリティの3つを挙げた。「データと自律性は掛け算でリスクを増やしていく」。だから、人の承認、個人情報のフィルタ、実行の記録といったガードレール(安全柵)で守るという。

その先に示されたのが、目指す姿だ。2030年ごろには、JAL のエージェントが社内だけでなく、空港、交通、地域、パートナー企業、お客さまといった「社会のエージェント」とつながり、ともに価値を生み出す。そんな「協奏」の将来像を描いているという。

2030年に向けて、JAL のエージェントと社会のエージェントが「協奏」する

2030年に向けて、JAL のエージェントと社会のエージェントが「協奏」する

素敵な絵だ。そもそも航空会社は、社会インフラである。飛行機が遅れれば、空港も、鉄道やバスも、乗り継ぎ先の地域も動きが変わる。事例①のエージェントが、欠航ひとつからドーハ経由の乗り継ぎ客への影響まで整理してみせたのは、その一端だ。

取材を終えて

この日に聞いた事例のなかでも、JAL の話はとりわけ実務的だった。何で悩み、何を決め、どこがまだ途上なのかを、数字と一緒に率直に共有してくれた。こういう共有は、本当にうれしい。

一番の学びは、約30項目の比較観点のなかで、何を譲らないかをはっきりさせていたことだ。情報が漏れないことと、人が必ず承認すること。その条件は、品質統制の事例で最終判断を上長が行う形に表れつつあり、今後のガードレールにも入っている。AI に何を任せるかより先に、何を任せないかを決める。安全を最優先にしてきた航空会社らしい順番だと思う。

もう一つは、人への投資だ。経営ビジョンで約100人に増やすとした推進リーダーが、PoC では、いわば現場と IT 部門をつなぐ通訳になった。研修の仕事に携わる身として、ここは強く共感した。

そのうえで、まだ途上のところもはっきり見えた。741体のうち96%は個人用で、共有されていない。個人の工夫を、組織で使い回せる資産に変えていく。そこが、次の勝負どころになる。

JAL ほどの規模でなくても、まねできることは多い。

  • ツールを比べる前に、譲れない条件(足切り)を決める。情報の扱いと、人が承認する場面は必ず入れる
  • PoC は、現場と IT をつなげる推進役に試してもらう。推進役は、導入より先に育てておく
  • 配って終わりにしない。使われていないライセンスは回収して配り直し、作ったものは共有して使い回す

開催概要

イベント Agentic AI Summit '26 Fall(主催:Google Cloud)
開催日 2026年10月29日(Day 1)
会場 ベルサール渋谷ガーデン+オンライン配信
セッション JAL グループにおける AI エージェント活用の現在地と今後の展望
登壇 西條 恭平 氏(JALデジタル株式会社 デジタルマネジメント部 AI・データ改革推進グループ チーフ)
爰野 寛太 氏(同 AI・データプラットフォームグループ チーフ)

出典:Agentic AI Summit '26 Fall 公式ページ

本イベントのレポートは、順次掲載します

この記事では JAL グループのセッションを取り上げました。ほかのセッションのレポートも、後日 trends. で掲載します。(trends. 編集部)

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