AI に「売上とは何か」を教えるのは、エンジニアではなく業務と経営の仕事だ
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AI エージェントが会社の数字を間違えるのは、モデルが賢くないからではなく、「売上とは何か」がデータの側に書かれていないからだ。
Google Cloud の五十嵐彬氏はそう語り、データに「意味」と「知識の地図」を持たせる SOAP Architecture を示した。社内検証では、同じモデルのまま正答率を平均29%から95%へ上げたという。
ラーニングソリューション事業部 事業部長
この記事の要点
- AI エージェントが数字を間違えるのは、モデルのせいではなく、「売上とは何か」がデータの側に書かれていないからだと、Google Cloud の五十嵐彬氏は語った
- データに「意味」と「知識の地図」を持たせる SOAP Architecture で、社内検証の正答率は同じモデルのまま平均29%から95%へ上がった
- 定義を決めるのは技術ではなく業務と経営の仕事。部署ごとに食い違う数字を1つ選び、言葉をそろえるところから始められる
登壇したのは、Google Cloud データアナリティクス事業本部 データアナリティクスセールス 部長の五十嵐彬氏だ。
五十嵐氏は、BI(ビジネスインテリジェンス)ツールの会社 Looker の出身だ。2019年、日本での立ち上げに合わせて入社した。その3か月後、Google Cloud による Looker の買収を、フェイスブックのニュースで知ったという。まさに寝耳に水。小さな会社を大きくしようと入ったら、急に大きな会社の一員になっていた。

Google Cloud データアナリティクスセールス 部長の五十嵐彬氏
AI エージェントの時代に、何が変わるのか
本題は、AI の進化を振り返るところから始まった。以前は、その都度人が指示を出して動かす必要があった。それがいまは、目的やゴールをエージェントに伝えれば、その目的に向かって自律的に動く形に変わってきている。
では、AI エージェントは何でできているのか。五十嵐氏は、人の体にたとえて4つの部品に分けた。
- 脳(モデル):考える力。Gemini などの大規模言語モデル(LLM)
- 手足(Skills):ツールを動かす、SQL(データベースに問い合わせるための言語)を書く、レポートを作るといった実行の力
- 骨格(ハーネス):計画し、実行し、確かめる流れを回す仕組み。権限や安全装置もここに入る
- 接地(コンテキスト):業務用語の意味、データの在りか、指標の定義
このセッションの主役は、4つ目の接地だという。五十嵐氏のたとえはこうだ。優秀な新卒に、手順書と社内ルールを渡したとする。それでも、社内での売上の定義や、どこにどんなデータがあるかを知らなければ、仕事はこなせない。
同じ「売上」が、部門で違う
例に挙がったのは、EC サイトの「先月の売上」だ。マーケティング部門に聞くと、1.2億円。注文が入った時点で数え、クーポンを引く前の、税込みの金額だ。経理部門に聞くと、0.98億円。配達が終わったものだけを数え、返品を除いた、税抜きの金額だ。どちらも「売上」としては正しい。だが AI は、どちらの定義を使えばよいか分からない。そのため、経理が聞いているのに、マーケティングの数字を返してしまうことが起きる。これも、いわゆるハルシネーション(AI がもっともらしい誤りを言うこと)だ。
スライドの結論は、「原因はモデルではなく、『売上とは何か』がデータ側に書かれていないこと」だった。

同じ「売上」でも、部門によって定義が違う
これは大事だ。まず言葉を揃える。AI 以前に、人の組織の中で「売上」の定義が揃っていなければ、AI はどちらかを当て推量で選ぶしかない。
人が読む基盤から、AI が動く基盤へ
では、どうすればよいのか。五十嵐氏が示したのが、データ基盤の考え方の転換だ。これまでのデータ基盤は、人、つまりアナリストが読むためのものだった。これからは、AI が理解し、行動するためのデータ基盤が要る。その条件は3つある。
- 境界のないデータ:どのクラウドにあるデータも、移さずにつないで読める
- 意味(セマンティック):「売上」とは何か、といった指標や用語の定義
- 知識(オントロジー):顧客、商品、取引などがどうつながっているかという、知識の地図
この3つを企業の規模で提供する設計が、SOAP Architecture だ。SOAP とは、Semantic and Ontology Agent Platform、つまり「意味と知識を土台にしたエージェント基盤」の頭文字である。
言い換えれば、データに「辞書」と「地図」を付けておく設計だ。人のアナリストなら、表の裏にある事情を経験で補える。AI にはそれができない。だから、暗黙の了解をデータの側に書き出しておく。
ここは、本当に大事だ。筆者も個人的に、もっと学びたいと思った。
カタログは「AI の辞書と地図」
SOAP の柱の一つが、Knowledge Catalog(ナレッジカタログ)だ。五十嵐氏はこれを「AI の辞書と地図」と表現した。中身は、ビジネス用語集、顧客と契約と請求のようなデータ同士の関係(オントロジー)、データがどこから来てどう加工されたかという系譜、データの品質、そして誰が見てよいかという権限だ。AI は問い合わせの前にまずここを読み、「この会社で顧客とは何か」「どの表が正しいのか」を解決してから答える。
本当に、このオントロジーの分解と設計こそが大事だ。「顧客」とは何か、どの表が正しいのか。それを決めるのは技術ではなく、業務を知る人の仕事である。
セマンティックレイヤーは「計算式集」
もう一つの柱が、セマンティックレイヤーだ。五十嵐氏はこれを「計算式集」と呼んだ。ビジネスの指標をどう計算するかを、一度だけ定義しておく。たとえば「売上=金額-値引き」。税込みか税抜きか。いつの日付で計上するのか。AI は問い合わせのたびにここを通るので、ダッシュボードと同じ数字を返す。先の例で言えば、ダッシュボードが0.98億円なら、AI も0.98億円と答える。この点を、五十嵐氏は「決定論的に」SQL を生成すると表現した。同じ問いには、いつも同じ結果が返る、という意味だ。
場所を知る × 計算を知る
2つを組み合わせると、こうなる。「先月の関西の売上は?」と聞かれたエージェントは、まずカタログに聞きに行く。次にセマンティックレイヤーが、どの式で、どの表をつなぎ、どの単位で集計するかを示す。こうして返ってくるのは、根拠付きの正しい数字だ。
カタログがなければ、AI は「間違った場所」を見る。セマンティックがなければ、「間違った計算」をする。

場所を知る × 計算を知る
このチャートは、とても大事だ。AI の答えが間違うとき、原因は「場所」か「計算」のどちらかにある。そう切り分けられるだけで、対策の打ち方が見えてくる。
ただ、ここで一つ疑問がある。知り合いのエンジニアに聞くと、こうした設計は DDD(ドメイン駆動設計)の領域で難しく、ノンエンジニアには学べないという。本当にそうだろうか。DDD はもともと、エンジニアが業務の専門家と一緒に、共通の言葉を作るところから始まる考え方だ。「顧客とは何か」「売上はいつ計上するのか」を一番よく知っているのは、業務の側である。モデルを書き起こすのはエンジニアでも、何を書くかを決めるのはノンエンジニアの仕事だ。むしろ業務を知る人こそ、オントロジーとセマンティックの考え方を学ぶべきだと思う。
検証:SOAP はエージェントを賢くするのか
では、実際に効果はあるのか。Google Cloud は社内で検証した。条件の違う2つのエージェントを用意し、同じ仕事をさせて比べる。
- A:LLM + SOAP。表や列の説明といった従来の情報に加えて、SOAP で詳しい背景と集計の仕様を渡す
- B:LLM のみ(SOAP なし)。渡すのは、従来の表や列の説明だけ
題材は、EC サイトを模した公開データ「theLook eCommerce」。5つのタスクを、それぞれ20回ずつ実行した(2026年9月の社内検証)。
この検証は、とても面白い。同じモデルで、渡す文脈だけを変えている。
デモ:成功率は0%と100%
デモでは、SOAP なしと SOAP ありのエージェントを同時に走らせた。使ったモデルは、軽量版の「gemini-3.1-flash-lite」だ。問いは、経理部が定めた「2024年度 EC 決算・収益認識および返品コスト控除ルール」に従うものだ。主要5か国の監査調整後の純売上高、純営業利益、純営業利益率を、国別に出す。SOAP なしの側が使えるのは、表と列の説明だけ。SOAP ありの側は、Knowledge Catalog に加え、Google ドキュメントの規定書まで参照できる。
結果は一目瞭然だった。SOAP ありのエージェントは、Knowledge Catalog から売上と財務規定に関わる情報を絞り込んで取り出し、SQL を1回実行しただけで答えを出した。かかった時間は7.51秒だった。正しい数値6つとすべて一致し、成功率は100%だった。
SOAP なしのエージェントは、データの構造を調べるために何度も問い合わせを重ね、遠回りをした。SQL の実行は8回に及び、30秒を超えていた。しかも、出した答えは6つの数値すべてが誤りで、成功率は0%。経理部のルールを知らないまま、完了と出荷済みの注文をそのまま足し上げてしまったからだ。
全体の結果:精度は平均29%から95%へ
5つのタスクを20回ずつ回した、全体の結果も示された。
- 正しく答えられた割合(精度):SOAP ありは平均95.0%、SOAP なしは平均29.0%
- 使ったトークン(AI が処理する文字の量で、利用料の元になる)と、問い合わせ1,000件あたりのコスト:SOAP ありは、なしの3分の1から6分の1
- 答えが返るまでの時間:SOAP ありは、なしの5分の1から7分の1

SOAP による文脈の供給で、精度、コスト、速度のすべてが大きく改善した
五十嵐氏によれば、高性能なモデルで比べても、SOAP ありの方が精度は上がり、SOAP なしではトークンの消費が大きくなるという。もっとも、これは Google 自身の社内検証で、題材も公開データだ。自社のデータでどこまで再現できるかは、それぞれ確かめる必要がある。
文脈は、使うほど賢くなる
ここで話は、「なぜ Google Cloud か」に移った。データ、計算、文脈の3つで「Google ならでは」の理由を説明した。正直に言えば、この後半はやや製品紹介の色が濃かった。
このうち文脈について、スライドは「文脈は、使うほど自己学習し、賢くなる」と掲げた。用語集やカタログは、作った瞬間から古くなる。人の手では維持しきれず、AI の接地がだんだん弱くなる。そこで Knowledge Catalog を、作って終わりの目録ではなく、常に動き続ける「文脈のエンジン」にした。エージェントの問い合わせ履歴や、表が実際にどうつながれて使われているかから、関係を自動で学び、Gemini が説明文を書く。スライドによれば、データのエラーとハルシネーションは60%減った。

文脈層は「使うほど自己学習し、賢くなる」
ただし、ここは一歩引いて読みたい。AI が学べるのは、データが実際にどう使われているかだろう。「売上は税込みで数えるべきか、税抜きで数えるべきか」といった、どうあるべきかの判断までは学べないと思う。使われ方そのものが間違っていれば、間違いも学んでしまうおそれがある。自己学習は、業務を知る人の仕事を消すのではなく、「書く」から「確かめて承認する」へ変えるのだろう。
デモ:借換ローンを、分析から成果まで
最後のデモは、架空の「さくら未来銀行」が舞台だ(データはすべて合成)。高金利のカードローンを使っている顧客に、低金利の借換ローンを勧めるキャンペーンを、分析から成果の確認まで、ひとつなぎで回してみせた。
最初の依頼は、わざと雑にした。「高金利のカード残高を、新しい低金利の借換フリーローンに乗り換えると得する顧客を探して」。どの表を使うかも、何をもって「高金利」とするかも指定していない。それでも Gemini は、Knowledge Catalog にある定義や根拠を確かめながら、迷わずに分析を進める。対象を6万5,458人と割り出した。
正直に言えば、このデモに「わあ」と驚く場面は少なかった。ただ、それこそが狙いなのだろう。このデモの価値は、何かが起きることではなく、何も起きないことにある。雑な依頼でも、AI が表を取り違えず、定義を勝手に作らず、毎回同じ正しい数字を返す。先の検証デモが SOAP なしとありで、0%と100%という劇的な差を見せたのに対し、こちらは「あり」の側だけを見せている。だから地味に映る。AI は確率で答える道具だ。同じ問いでも、聞くたびに答えが揺れうる。揺れてはいけない数字を扱う仕組みは、地味であるほど正しいのかもしれない。
取材を終えて
正直に言えば、複数のクラウドをまたいでデータをつなぐ話は、いくつもの事業を抱える大企業のものに聞こえた。だが、このセッションの本質はそこではないと思う。
「売上」の数え方が部署で違う。どの数字が正しいかは、担当者に聞かないと分からない。大事な規定は PDF の中に眠っている。これは社員が数十人の会社にもある光景だ。むしろ中小企業ほど、定義はシステムではなく、社長やベテラン社員の頭の中にある。
ノンエンジニアの筆者にとって、このセッションは技術の話に見えて、実は業務の話だった。AI が数字を間違える原因は、モデルの賢さではない。「売上とは何か」「顧客とは誰か」「どの表が正しいのか」が、組織の中で決まっていないことにある。デモで SOAP なしのエージェントが0%だったのは、計算が下手だったからではなく、経理部のルールを知らなかったからだ。
部署ごとに「売上」の数え方が違うのには、たいてい理由がある。それぞれの目標や評価が、その数え方と結び付いているからだ。言葉を揃えることは、評価の物差しを揃えることでもあり、IT 部門だけでは決められない。最後に裁定するのは経営である。
ノンエンジニアが明日からできること
全社のデータ基盤から始める必要はない。身近なところからできることを、筆者なりにまとめておく。
- 部署ごとに数字が食い違う会議や報告を、1つだけ選んで、そこから始める
- 自部署でよく使う言葉(売上、顧客、解約など)の定義を書き出し、ほかの部署とすり合わせる
- 主な指標の計算ルール(いつ計上するか、何を含めるか)を文章にする
- そのデータを誰が見てよいか、定義を誰が決め、変わったとき誰が直すのかを決める
モデルは次々と入れ替わる。会社に残るのは、こうした定義とルールと判断の積み重ねだ。エンジニアに任せきりにせず、業務を知る人と経営が、その主役になるべきだ。
開催概要
| イベント | Agentic AI Summit '26 Fall(主催:Google Cloud) |
|---|---|
| 開催日 | 2026年10月29日(Day 1) |
| 会場 | ベルサール渋谷ガーデン+オンライン配信 |
| セッション | AI Agent 時代に必要なデータ基盤 SOAP Architecture による意味と知識で接地されたデータエージェント基盤 |
| 登壇 | 五十嵐 彬 氏(Google Cloud データアナリティクス事業本部 データアナリティクスセールス 部長) |
出典:Agentic AI Summit '26 Fall 公式ページ
本イベントのレポートは、順次掲載します
この記事では Google Cloud のデータ基盤のセッションを取り上げました。ほかのセッションのレポートも、後日 trends. で掲載します。(trends. 編集部)





