足立区の議会答弁 AI は、出力を叩き台にとどめ、最後は職員が確かめる
公開:
「行政の最前線に世界の最先端技術を。」東京都足立区は、グーグル・クラウド・ジャパンとの包括連携協定を足がかりに、議会答弁や「区民の声」への回答づくりに AI エージェントを組み込む実証を進めている。
語られたのは、個人情報を AI に渡さない設計、AI の出力を叩き台にとどめる運用、内線電話を減らす庁内チャットボット、そして座学よりハンズオンという人づくり。自治体の職員が明日から持ち帰れるヒントの多いセッションだった。
ラーニングソリューション事業部 事業部長
この記事の要点
- 足立区は、暗黙知やマニュアル、過去のデータを集めた「ナレッジハブ」をもとに、議会答弁と「区民の声」への回答づくりに AI エージェントを組み込む実証を進めている
- 区民の声では個人情報を AI に渡さず、AI の出力はあくまで叩き台として、最後は職員が確かめる
- 庁内のチャットボットで内線電話を減らし、座学よりハンズオンで「実感」を重ねて人を育てる
セッションは、グーグル・クラウド・ジャパンの吉田氏の司会で始まった。
登壇したのは、足立区 ICT 戦略推進担当課 CDO(最高デジタル責任者)補佐官の髙橋皇介氏だ。富士通に約12年勤めた後、足立区で ICT 戦略推進担当課長を約3年務めた。2024年5月に株式会社4U(フォーユー)を創業し、現在は会社を経営しながら区の CDO 補佐官を務める。ベンダー、自治体の内側、そして外から支える立場を、すべて経験してきた人物である。

足立区 ICT 戦略推進担当課 CDO 補佐官の髙橋皇介氏
行政の最前線に世界の最先端技術を
足立区は、グーグル・クラウド・ジャパンと包括連携協定を結んだ。協定が目指す柱は3つある。地域課題解決、新しい働き方、次世代基盤だ。
協定は結んで終わりではなく、ここからイノベーションを起こしていかなければならない、と髙橋氏は言う。3つの柱のうち、特に力を入れたいのが真ん中の「新しい働き方」だ。これまでの行政は、住民サービスの向上を追うなかで、職員の働き方に目を向けてこなかった面が正直あった。「職員を犠牲に、という言い方は少し強いかもしれませんが」とも語った。
スライドの見出しは「あれもこれも Gemini が実現。」。最近では、外国人住民向けの生活ガイド動画を作った。日本語で書いた原稿を Gemini で翻訳し、その訳文を Gemini の Text-to-Speech で読み上げて動画にする。翻訳も音声も、すべて AI だ。ただし公開の前に、多文化共生の担当で翻訳のできる人に内容を確かめてもらい、「これなら問題ない」と明言してもらったという。ごみの収集日ひとつとっても、日本語だけでは伝わらない。母語で伝わるかどうかで、住民との関わり方はまったく変わる。区のホームページでは、「生活ガイド動画」の日本語版に加え、10言語版が公開されている(区のページ)。多言語対応は、生成 AI と本当に相性がいい。職員の働き方も、大きく変わるはずだ。

Gemini で作った生活ガイド動画(ベトナム語版)
髙橋氏が「今日も手放せない」と紹介したのが、Gemini Notebook(資料を読み込ませ、それをもとに答えさせる AI)だ。庁内には約40のチャットボットがあり、毎日の困りごとの解決から業務の論点整理、議会対応まで支えているという。契約課や会計課など、どの課にもマニュアルや規則類がある。それを課の中だけのノウハウにせず、庁内向けのチャットボットにして、誰でも引けるようにしている。
「いかに内線電話をなくすか」という問いは、とても大事だ。髙橋氏によれば、行政にはまだアナログな面が多く、内線電話がとにかく多い。かかってくると仕事が止まり、再開するときには頭がリセットされてしまう。規程やマニュアルを読み込んだチャットボットがまず答えれば、聞く側も聞かれる側も時間を取り戻せる。内線電話の数は、組織に眠るナレッジがどれだけ引き出せていないかを測る物差しでもある。
埋もれていた行政ナレッジを、議会答弁と区民の声、政策づくりに生かす
髙橋氏は、企業にいた頃は行政が何をしているのか正直ピンと来ず、住民票や課税証明書を出すところという印象しかなかったという。だが中に入ると、まるで違った。行政はまちをつくる。介護や福祉もある。まちをつくるための情報とナレッジが、とにかく膨大にある。だが、それが縦割りの中に閉じていて、ナレッジの活用がまったくできていなかった。
その縦割りを越える仕組みが、「ナレッジハブ」だ。暗黙知や事務マニュアル、膨大な過去のデータを1か所に集め、全庁の知見として集約する。ベテランの技術を次の世代に引き継ぎ、誰が対応しても一定の質で素早く答えられる体制をつくる。使い道として、議会答弁案の作成、区民要望への回答、庁内問い合わせへの回答の3つが挙がった。
中核の議会答弁 AI は、実証実験の段階にある。富士通Japan も加わり、膨大な過去のデータと AI エージェント(指示を受けて作業を自動で進める AI)をつないで、答弁づくりの工数を大きく減らすという。流れはこうだ。
- 議員からの質問(Word)を、AI が自動で分割する
- 担当所管振り分けエージェントが、議会の議事録や所管の業務表をもとに、質問を担当の課へ割り振る。並行して、答弁案作成エージェントが、過去の答弁や計画類といった行政ナレッジから答弁案を作る
- 職員がシステムを開くと、自分の課の担当質問と答弁案が、すでにそろった状態から仕事が始まる
- 修正画面では、答弁ドラフトの横に参考資料や過去の答弁が並ぶ。AI に指示して直させ、作成の根拠も画面の中で確かめられる
- 上長の確認もシステム上で完結し、修正箇所には自動で印が付く。最後に、読み合わせ用のデータを Word や Excel で一括出力する

「議会答弁 AI」の動作フローとアーキテクチャ(実証実験)
デモでは、質問が届いてから、答える部署への割り振り、答弁ドラフトの作成までを、そのステータスごと一気通貫で管理する様子が示された。係の確認から部長の了承まで、答弁がいまどの段階にあるかも、一つの画面で追える。これは、とてもいい。
ゼロから書き起こすのではなく、ドラフトがそろった状態から仕事が始まる。職員の役割は、書くことから、確かめて直すことへ移る。
議会答弁の先にあるのが、「区民の声」だ。オンライン申請やメール、はがきで寄せられた声を集め、回答する部門へ割り振る。区民の声は年間2,875件にのぼり、平均4.1日で回答し、区長が全件に目を通している(広聴2024)。それだけの声を割り振り、答えるのは大仕事だ。その処理を Gemini Enterprise(Google の業務向け AI)で行う実証実験を進めている。ポイントは、AI に渡すのは意見の本文だけだという点だ。申請者の名前や住所、電話番号、メールアドレス、年代といった個人情報は鍵をかけたまま、AI には投入しない。意見の本文を受け取った Gemini Enterprise では、3つの AI が動く。
- 意見要約 AI:意見の要点をまとめる
- 回答案作成 AI:ストレージ(データの保管場所)にある行政ナレッジを参照しながら、回答のドラフトを作る
- 担当所管振り分け AI:担当の所管を決め、優先度や緊急度を付ける
講演では、できあがった回答案を、過去の回答と食い違いがないかといった観点で第三者的にレビューする仕組みにも触れた。そのうえで担当課が「これで間違いない、100%伝わる」と確かめてから、区民に回答を返す。

Gemini Enterprise による「区民の声」対応プロセス(実証実験)
髙橋氏は、ここで苦労話も明かした。最初の議会答弁 AI は、とにかく時間がかかった。パートナーと毎日のように「ああでもない、こうでもない」を繰り返したという。だが、仕組みが同じ区民の声は、かなりスムーズに実証まで進んだ。1つ目で苦労して作った型が、2つ目で生きている。
最後のテーマは「イノベーションで社会課題へ挑む」。示されたのが、エビデンスに基づく政策づくり(EBPM)という今後のビジョンだ。これも素敵だ。行政はこれまで、「私の経験上は」というエピソードに頼ることが多かった。区民の声をはじめとする声をもとに、エビデンスを取って政策をつくっていく。
髙橋氏によれば、課長を務めていた2021年からの3年間も、EBPM の研修は行っていた。受けた瞬間は、皆「なるほど」と納得する。だが EBPM は奥が深く、統計や経営学といった専門知識がなければ芯まで届かない。実務で回すにはコストが高く、職員が自ら動くところまではいかなかった。
髙橋氏は、構造化されていないデータも取り入れれば、次世代の EBPM が行えるのではないかと語った。たしかに、区民の声は非構造化データ(表に整理されていない文章などのデータ)の塊だ。統計には乗せにくい意見の文章を AI で読み解き、政策の根拠に加える。数字を中心にしてきた EBPM の、次の世代の姿である。AI エージェントが分析の手前を肩代わりすれば、その専門性の壁も一気に下がるだろう。
質疑応答
質疑応答は、あらかじめ用意された質問に答える形で進んだ。司会の吉田氏は、「そうは言っても、うまくはいかない」という参加者の本音を代弁し、リアルな裏側を聞きたいと切り出した。1つ目の質問は、「ハルシネーションの防止や参照精度を高めるために、技術的な工夫(RAG の設計等)や職員による確認フローにおいて、どのような点に留意されているのか」だった。ハルシネーションとは、AI がもっともらしい誤りを答えることだ。
髙橋氏の答えは具体的だった。行政には条例や規則、要綱が数多くあり、区議会の本会議も年4回開かれる。過去のデータは豊富だが、廃止や改訂された要綱を参照しても意味がない。そこで RAG(資料を検索して AI に答えさせる仕組み)では、なるべく最新の資料を参照させる。類推で答えさせず、確度の高いことだけを答えさせ、少しでも自信がなければ「わかりません」と返させる。そうしたガードレール(踏み外さないための決まり)を置いているという。1つの誤情報が区民の生活に与えるインパクトは大きい。申請の締め切りが10月30日なのに10月23日と伝えてしまえば、区民の生活を変えかねない。だから、AI が作った答弁も含めて、出てくるものはあくまで叩き台にすぎない。人のチェックは必須だという。
2つ目の質問は、「職員が自発的にボットを作成・活用する文化をどのように醸成したのか」だった。
答えの軸は「実感」だった。AI のことを話で聞いただけでは、何にもならない。とにかく使ってもらい、実感を持ってもらうことが大事だという。だから研修も、座学よりハンズオンに重きを置く。職員が楽しめる庁内コミュニティづくりも工夫しているという。先の EBPM の研修の話と、同じところに行き着く。聞いて分かった気になるのと、自分の仕事で使えるのとは、まったく別物だ。
3つ目の質問は、「住民窓口や福祉、防災といった区民が直接恩恵を受けるフロント業務や地域課題の解決へ、どのように AI エージェントを展開・発展させていく計画なのか」だった。
髙橋氏はまず、率直に認めた。これまでの実証は、議会答弁にしても区民の声にしても、庁内の業務改善が中心だった。区民の声への回答が早くなる効果はあっても、区民が直接恩恵を実感できるかといえば、まだ疑問が残る。では、何のための実証だったのか。Gemini Enterprise や Gemini の力を見極め、業務に生かせるかを確かめるためだったという。
その先に描くのが、区民と接する場面での活用だ。たとえばオンライン申請の画面に Gemini Enterprise を組み込み、入力の途中で「ここは必須です」「入力を忘れていませんか」と声をかける。髙橋氏によれば、オンライン申請のハードルは、その無機質さにある。画面の向こうに人が見えない。だが、その裏に区が責任を持つエージェントがいるなら、オンラインで人とやり取りするのとそう変わらない。窓口に来た区民への対応にも、エージェントを広げていく考えだ。
防災にも使う。災害の状況は刻々と変わり、職員だけでは拾いきれない情報もある。24時間動き続ける Gemini エージェントなら、新しい情報を集め、リアルタイムに区民へ届けられるかもしれない。来年度以降は、職員だけでなく区民にも、その恩恵を向けていきたいという。
司会の吉田氏は、これを「温もりのある AI」と受け止めた。そして、生成 AI を「使う」段階から「任せる」段階へ踏み出した足立区の「リアルな挑戦」として、セッションを締めくくった。
取材を終えて
足立区のセッションでまず印象に残ったのは、実証実験を軸に試行錯誤を重ねる姿勢だ。しかも、うまくいっていないことを隠さない。行政の登壇で、ここまで率直な話はなかなか聞けない。
筆者は本業で研修の仕事をしており、自治体とも関わっている。その立場から、自治体の職員が持ち帰れるヒントを3つにまとめておきたい。
- ルールの壁は、設計で越える:区民の声では、個人情報を抜き、意見の本文だけを AI に渡した。厳格な情報セキュリティの中でも、渡すものを選べば、使える範囲は広がる
- ナレッジを課の中に閉じない:マニュアルや規則類を庁内のチャットボットにし、内線電話を減らす。縦割りの壁は、まず情報の引きやすさから崩せる
- 座学より、手を動かす:AI の話を聞いただけでは何も変わらない。ハンズオンで実感してもらい、楽しめるコミュニティで広げる
もう一つ、行政の方にこそ届いてほしいのが、冒頭の「新しい働き方」の話だ。AI はまず職員の時間を取り戻し、その先で区民に温もりとして届く。足立区の順番は、そうなっている。
一方で、気になることもある。答弁の下書きを AI が書くようになれば、職員の役割は「書く」から「確かめる」へ移る。確かめる目は、書いた経験から育つものでもある。若い職員がどこでその目を養うのか。ハンズオンで「実感」を重んじる髙橋氏の人づくりは、その問いへの一つの答えになりうる。
「行政の最前線に世界の最先端技術を。」最先端の技術は、予算があれば手に入る。それを最前線で使いこなせるかどうかは、職員が手を動かし、確かめ、ナレッジを持ち寄れるかにかかっている。
開催概要
| イベント | Agentic AI Summit '26 Fall(主催:Google Cloud) |
|---|---|
| 開催日 | 2026年10月29日(Day 1) |
| 会場 | ベルサール渋谷ガーデン+オンライン配信 |
| セッション | 足立区が挑む自治体 DX:議会答弁 AI エージェントと Gemini が変える行政の未来 |
| 登壇 | 髙橋 皇介 氏(足立区 ICT 戦略推進担当課 CDO 補佐官) 当初予定されていた山崎 悠生 氏(同課 課長)は、当日は登壇しなかった |
出典:Agentic AI Summit '26 Fall 公式ページ
本イベントのレポートは、順次掲載します
この記事では足立区のセッションを取り上げました。ほかのセッションのレポートも、後日 trends. で掲載します。(trends. 編集部)





